書いた人:谷川電話(たにかわ・でんわ)
1986年愛知県生まれ。歌人。2014年、角川短歌賞を受賞。短歌集に『恋人不死身説』(2017年、書肆侃侃房)、『深呼吸広場』(2022年、書肆侃侃房)。
X(旧Twitter):@tanikawadenwa
大人になってから、何度も住居が変わった。具体的には、大学を卒業してから現在まで、7回引越しをしている。これは、平均より少し多いくらいのものだろうと思う。でも、引越しの通算回数が平均より少し多いからといって、他人に自慢できるわけでもない。それに、他人に自慢できるような波乱万丈な経験をしてきたわけでもない。どの街でも、生活は地味で、簡素だった。いまでもそうだ。「地味ではない生活」というものを想像しようとしてみるけれど、うまくいかない。そういうものにあまり惹かれないからだろう。
上京するも、2年半で再び名古屋へ
大学を卒業するまでずっと、愛知にある実家に暮らし、引越しというものを1度もしたことがなかったわたしは、大学を卒業してすぐに、東京へ引越した。お笑い芸人の養成所へ通うためだ。わたしは対面のコミュニケーションが苦手で、大学時代には授業以外のためにはろくに外出をしなかった。1週間ほどを自室での読書のためだけに費やしたところで、親に苦言を呈されて嫌々ながら外出する、ということが何度もあったほどだ。
ところが、東京へ引越した翌々月に恋人ができて、わたしの借りているマンションの狭い部屋で一緒に暮らすようになった。恋愛に加えて、お笑いの方もなかなか好調だった。
でも、その好調は長くは続かなかった。恋人は一緒に暮らす部屋から出て行き、やがて元恋人になった。お笑いのライブでは、とんでもなくすべるようになった。それは、自分は客席に静寂をもたらす天才なのではないかと思えるほどだった。お笑いのことを考えることがつらくなった。わたしはお笑いから逃避するために、短歌をつくるようになった。
結局、東京へ引越してから2年半ほどが経過した頃に、実家へ戻ることになった。お笑い芸人になることをあきらめたからだ。わたしは自分はお笑い芸人になることができないと確信した。いま思い返してみれば、もう少しお笑いを続けてみてもよかったのではないかという気がしないでもないけれど、当時、確信してしまったのだから仕方ない。
その後、名古屋で就職をし、ひとり暮らしをするようになった。その頃にはずいぶんひとり暮らしにも慣れて、ひとりで暮らす気楽さや自由さの味わい方も、自分なりの工夫や規律のようなものもある程度は身についていた。
そのような時期に、お笑い芸人養成所でコンビを組んでいたMが偶然、転勤で(Mもわたしと同じように、お笑い芸人になることをあきらめて就職していた)名古屋へ引越してきた。わたしとMは毎週のように会い、特に目的もなく、名古屋の街をさまよった。
だいたい、行きつく先は喫茶店だった。よく行ったのは、「カフェ・ベローチェ 栄四丁目広小路通店」。そこでMと深みのかけらもない雑談をし、おたがいに笑わせあうのが楽しくて仕方なかった。そこが東京で、自分はいまだにお笑い芸人養成所に通い続けているのではないかと錯覚する瞬間さえあった。きっとそれは、夢の残滓がかけてくれた魔法のようなものだったのだと思う。Mは現在、東京で暮らしていて、わたしがつくっているものを俳句だと思っている。
大型書店が複数ある街の強み

就職をして、お笑いはやめてしまったけれど、短歌は続けていた。わたしの住んでいたのは名古屋市中区新栄一丁目で、栄の繁華街まで自転車でさほど時間をかけずに行くことができた。栄には、「ジュンク堂書店 名古屋栄店」、「ジュンク堂書店 ロフト名古屋店」、「丸善 名古屋本店」、と大型書店が3店舗あって、その3店舗を回れば、欲しい本はたいてい手に入れることができた(残念ながら、ジュンク堂書店 ロフト名古屋店は2020年に閉店)。
時には、版元品切れの本(加藤典洋『村上春樹 イエローページ』シリーズ 幻冬舎文庫版全3冊とか、ピエール・クロソウスキー『ニーチェと悪循環』ちくま学芸文庫版とか)すら、手に入れることができた。
書店は、スーパーマーケットや飲食店と同じように、街になくてはならないものだ。その日、その時、その本を手に取り、その装丁を眺め、その書店で購入したことは、かけがえのない記憶になる。それに、さまざまな本の並ぶ書店という場所が存在すること自体が、その街に暮らす人々の知的・情的な成熟を促す効果も少なからずあると思うのだ。
みんなにとっての帰る場所「平和園」

愛知で歌人(短歌をつくる人のことです)として活動するうちに、短歌関係の友人・知人ができるようになった。そのなかに、小坂井大輔さんがいた。小坂井さんは歌人である一方で、名古屋駅西にある中華料理店「平和園」で働いていた。
歌人たちの間に、名古屋で開催される短歌関係の集まりやイベントに参加した後には、平和園で打ち上げをするという慣習ができていった。そして、その名は全国に広まり、「短歌の聖地」と呼ばれ、さまざまなメディアでとりあげられるようにもなった。
でも、わたしが出会った時と変わらず、平和園の店内の雰囲気はあたたかく、開放的で、小坂井さんは、カウンターのむこう、厨房のなかから、あるいは、客席側まで来て、穏やかな表情で話しかけてくれる。「最近どう?」なんて。短歌の話をしてもいいし、世間話をしてもいい。小坂井さんと話し、おいしい中華料理(個人的なおすすめは五目あんかけ焼そばと餃子です)を食べているうちに、自然と元気がでてくる。心身の余分な力が抜けてくる。小坂井さんの最初の短歌集のタイトルは『平和園に帰ろうよ』。わたしも含めて多くの人々にとって、平和園は「帰る」場所なのだ。
恋人と待ち合わせた「希望の泉」とその歴史

短歌集といえば、わたしの最初の短歌集『恋人不死身説』の原稿は、名古屋市中区新栄一丁目でまとめた。この短歌集には、名古屋でつくった歌も収録されている。たとえば、こんな歌。
噴水へむかえにいこうサンダルをいつも以上にパタパタさせて
谷川電話『恋人不死身説』
これは実際に、夏の日に久屋大通公園にある噴水「希望の泉」へ恋人をむかえにいった時の光景を詠んだ歌で、希望の泉は当時、恋人との待ち合わせ場所としてよく利用していた。
この希望の泉は3枚の大きな円形の水盤が中心をずらして積み上げられた変わった構造で、1969年に当時の名古屋放送(現・名古屋テレビ放送)から名古屋市へ寄贈されたものだそうだ。つまり、50年以上もの間、この場所で水を噴射し続けていることになる。
この噴水、水を上方へむけて噴射するのではなく、水が水盤からあふれ、流れ落ちていく感じのもので、最上段の水盤の上には勇ましいポーズの人型モニュメントが設置されており、見ていてなかなか飽きない。無時間的で均質的な街づくりが日本中で推し進められている昨今、このような時間の厚みを見る者に感じさせてくれる場所は貴重だ。
散歩休憩に「加藤珈琲店 栄店」のスペシャルティコーヒーを

希望の泉から少し歩けば、巨大なテレビ塔があり、そのそばのベンチに座って、「加藤珈琲店 栄店」で買ったテイクアウト用コーヒーを飲み、本を読む、というのが個人的なおすすめです。
快晴の昼間なんて特にいい。視線を本のページから外し、見上げれば、テレビ塔と、その背景に太陽を宿した青空が広がっている。
加藤珈琲店 栄店はスペシャルティコーヒー専門の喫茶店。テイクアウト用コーヒーの価格は円相場を反映して毎日変動するというおもしろいコンセプトで、Sサイズが1ドルの円換算(税別)、Mサイズが1.5ドルの円換算(税別)となっている。昨今の円相場は円安・ドル高なので、このテイクアウト用コーヒーの価格も円高の頃と比べると高くはなったけれど、それでも、加藤珈琲店のコーヒーのクオリティでこの価格は文句なく安い。
ちなみに、店内飲食の場合は、コーヒーに加えてニューヨークチーズケーキもぜひ。久屋大通は緑が多く、空間的に広々としていて、散歩をするのにうってつけだ。魅力的な店がたくさんあるから、散歩を中断して気になった店に入ってみるのもいい。疲れたら喫茶店に入って本を読んでもいい。散歩をするたびにちょっとした発見がある。体と心を動かす、確かめる、ときほぐす。
ここまで読んでくださった方はお気づきかもしれないけれど、わたしの生活は本とコーヒーの2本柱に支えられている。この2つをとりあげられたら、スライムのようにどろどろと不定形に無目的に生きるほかない。この世界に本とコーヒーがあってよかった。ありがとう。
名古屋にいながら、さまざまな冒険に連れて行ってくれる書店「ON READING」

名古屋市営地下鉄東山線東山公園駅から歩いてすぐのビルの2階に、「ON READING」がある。
「感じる、考える人のための本屋」であるON READINGに並んでいる商品は、一般書籍、国内外のアートブック、フォトブック、リトルプレス、ZINE、CD、雑貨(オリジナルのTシャツだってある)など多様なジャンルにわたり、感性と知性と好奇心を新鮮に刺激してくれるものばかりだ。
入店した瞬間から、既に冒険がはじまっている。多くの方は、「書名も作者名も知らない、他の書店では見たこともない」本に出会うことができると思う。「書名も作者名も知らない、他の書店では見たこともない」けれど、「直感的になんだかすごく気になる、運命の気配を感じる」本に出会い、購入し、帰路につき、自宅で少し緊張しながらその本を開き、五感を総動員してその作品世界に浸る。
読み終えた本を閉じると、自分が読む前とは別人になり、世界が新たな光り方をしているように感じられる。こういう体験は、本当に幸福で、素敵なものだ。
良くも悪くも、世界は休みなく進み続けるけれど、自分のなかの本質的な部分は、世界に大きな影響を受けることなく、自分の意志によって維持することも、強化することも、調整することも、補修することもできる、ということを、わたしは大人になってから学んだ。
それは、街でどのように暮らし、街とどのように関係するか、ということと密接にかかわっているのだと思う。自分のなかの本質的な部分を世界に明け渡さないこと。それでいて、なるべく気分よく暮らしたいものです。
生活をトートバッグに付着したコーヒー豆のにおいごと嗅ぐ
谷川電話『深呼吸広場』
編集:ピース株式会社
