2026/01/14 01:43 up
漢字が苦手な殿方様はスルーするでござる。
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「斎藤一」 新撰組
幕末を斬り抜けた最後の剣士
1844〜1915
殺しの影には、斎藤あり。
刃向かう者は一刀のもとに斬り捨て、
沖田総司、永倉新八と共に最強の名をほしいままにした男の生涯。
無口で長身痩躯の風貌は、隊内でも異彩を放っていたという。
創設メンバーとして最後まで生き抜いた斎藤一が求めた「男の座」とは何だったのか
【無外流】
壬生の狼を飼う事は 何人にも出来ん
「るろうに剣心」
【経歴】
弘化元年(1844)江戸生まれ。
明石藩・元足軽の父、山口祐助は江戸に出て御家人となり、斎藤姓になる。
新撰組では三番隊隊長として数々の暗殺を手掛けた実務者としての顔が著名。
山口次郎、一戸伝八と次々に変名し、維新後は藤田五郎と名乗った。
【其のニ】の一
斎藤一の秘められた実力
「油小路の変」
近藤勇、土方歳三の斎藤一に寄せる信頼は絶大で、弱冠20歳にして
副長助勤・三番隊隊長に任命されます。
以後、血で血を洗う新撰組の歴史の影には常に斎藤一の存在がありました。
文久3(1863)7月の角力惨殺事件、9月の長州間者・御倉伊勢武(みくらいせたけ)殺害、
そして元治元年(1864)6月の池田屋事件と、斎藤一は群がる敵を斬りまくった。
まさに「悪・即・斬」を地で行く斎藤一の得意技は神速の突きでござる。
慶応3(1867)の天満屋事件では永倉新八ら7人とともに海援隊16人を圧倒しました。
「斎藤一に刃向かう者は よほどの命知らずと見える」
特に斎藤一の一徹ぶりを愛した土方歳三にとっては重要な懐刀であった。
中でも斎藤一が際立った活躍を示したのが同年の油小路の変である。
ただ刀だけを振り回す粗暴な人物でなく、スパイとしての知能犯ぶりを見せたのでござった。
痴熟歴女
ダラダラと長文は続きまする。
ダラダラ、ダラダラと、すまぬ。
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