2026/01/11 02:33 up
「斎藤一」 新撰組
幕末を斬り抜けた最後の剣士
1844〜1915
殺しの影には、斎藤あり。
刃向かう者は一刀のもとに斬り捨て、
沖田総司、永倉新八と共に最強の名をほしいままにした男の生涯。
無口で長身痩躯の風貌は、隊内でも異彩を放っていたという。
創設メンバーとして最後まで生き抜いた斎藤一が求めた「男の座」とは何だったのか
【無外流】
壬生の狼を飼う事は 何人にも出来ん
「るろうに剣心」
【経歴】
弘化元年(1844)江戸生まれ。
明石藩・元足軽の父、山口祐助は江戸に出て御家人となり、斎藤姓になる。
新撰組では三番隊隊長として数々の暗殺を手掛けた実務者としての顔が著名。
山口次郎、一戸伝八と次々に変名し、維新後は藤田五郎と名乗った。
【其の一】
剣一筋の狼「新撰組入隊」
いかにも いかめかしい感じの人だった。
後年、斎藤一を知る人はこう語る。
「たいそう無口でお背の高いやせた方。眉毛がふさふさとし、目がけいけいと光っていました。」
『わが祖父斎藤一』より
沖田総司、永倉新八と1、2を争う剣腕の持ち主だった三番隊隊長・斎藤一。
壬生の狼と呼ぶにふさわしい容貌だったことは間違いない。
一説には、身の丈5尺6寸(約170cm、当時の男子の平均身長は約155cm)
ヒゲを茫々と生やしていた、ともいう。
一身これ肝の豺狼(さいろう)が幕末の京都に引き寄せられたのは運命だったのか。
新撰組は農村出身者が多かったのだが、斎藤家は御家人であり、文字通りの最後の武士である。
流派は山口一刀流の流れを継ぐ都治月丹(つじげったん)が興した「無外流」が主だったとされる。
他に柔術も習得していたというから、実際の戦場でいかに戦うか、
いかに相手を倒すかを考え抜く日々を過ごしていたのでござる。
痴熟歴女
次回にダラダラと続きまする。
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