2025/12/31 23:30 up
今回の万博には正直、
批判的な気持ちもかなりあり、
中でもまったく許容できないのは
今なお虐殺を続ける
イスラエルを正式招待したこと。
5月15日、パレスチナの人々にとっては
「ナクバ(大惨事)」の日にあたる
この日を、
万博はイスラエルの
「ナショナルデー」に設定し、
式典を行ったこと。
一体「いのちの輝き」とは何なのか?
私がコモンズCの
イスラエルのパビリオンを
訪問した日は
ヨム・キプルで閉館していたので
展示内容は見れなかったのだが、
訪問した人の話によると
もはやお馴染みである、
科学技術をアピールする映像の中に
「すべての人々をもっと健康に」
という文言があったらしい。
なんと醜悪な。
もちろんパレスチナの
パビリオンも行ったけれども
万博の開幕直前、パレスチナは
展示物が届かず、
パレスチナ側が「イスラエルの軍事占領」
が遅配の理由とする
「尋ねて」の3文字に込めたメッセージを
設置していた。
これについても
万博協会が差し替えや
変更を求めていたという。
こういった姿勢も
私は批判したい。
他にも
計画自体が
IRの誘致のためのように見えること
災害時の避難計画に対する大きなリスク
(実際、会場への唯一の鉄道ルートである大阪メトロが運転を見合わせ、多くの人が帰宅困難になり、36人の方が救急搬送される事態があったことは無視してはいけない)
工事費の問題など
批判すべき点を挙げれば
枚挙にいとまがない。
しかし、
実際に万博に行き、
ある程度パビリオンを巡った人達なら
分かると思う、
あの空気は
行った人にしか分からない。
批判も賛美も、
行った人のみに許される、というのは
些か
排他的かつ選民的、特権的な言説だが
(傷病や家庭や仕事などの事情で
行きたくても行けなかった人も
たくさん居るだろう)
そう思ってしまうほどに
現地の引力はすごかった。
私は
「書を捨てよ、街へ出よう」(by寺山修司)
を胸に行動する
現場主義者なので
ライブ、美術館、映画館、スポーツの試合など
気になるものは
なんでもまずは行ってみて
そのたびに
「行ってみないと、生で体感しないと
分からないものがある」
という考えを強めてきたものだが
万博は、今までの人生で
様々な場に行った中でも
その最たるもののひとつ
だったと言ってもいい。
先に書いてきた通り
万博は正直に言って、とても楽しく、
刺激も得られ、芸術的な価値もあり、
貴重な機会だったと思う。
意図したわけではなかったのだけど、
私が計3回行った万博で
最後に訪問したのは
ウクライナのパビリオンになった。
「NOT FOR SALE(非売品)」
を掲げ、スキャナーで
オブジェのバーコードを読み取ると
侵略の中の抵抗の日常が現れる。
このパビリオンは
並んでいる人達の顔つきも
どこか違ったように思う
大して回数は行けなかったけども
万博に通った日々の中では
様々に思考を巡らせた。
万博が開催されている最中だったが
排外主義的なポピュリズムの蔓延に
毎日のように胸を痛めた1年でもあった。
「万国博は見世物ではない。
本当をいえば、
何も施設などは無くてもいいのだ。
ただ人間同士が集まってくる広場。
世界中から人々が寄ってきて、一つの渦のなかに高揚し、互いに顔を見あわせてふれあって、同じ人間であるということを確かめる。
そして明朗に自分と世界全体を見かえすのである」
そう、岡本太郎も言っていた。
彼が今生きていたら、
今の世界をどう捉えただろう?
そう思うと暗い気持ちにもなった。
万博という体験は、私にとって
高揚、興奮、楽しさ、感動、希望、
期待、失望、嘆き、反発、疑問、怒り、
全てが同居していた。
その複雑な気持ちを、
未整理のままたどたどしく
友人(関東在住の為、万博は未訪問)
に話したところ
「きっとそれが、万博なんだね」
と言ってくれた。
この日々を忘れない。
「祭り」の終わった後には、
まやかし的な希望に縋るのではなく
絶望からも目を逸らさずに
それを抱えたまま
未来を睨まなくてはいけないのだと思う。
「見据える」「見つめる」
ではなく「睨む」にしたのは
今、太陽の塔の顔を思い浮かべての表現である
終わり



