2025/12/31 18:30 up
今年は岡本太郎にもハマっていました。
映画
『大長編タローマン 万博大爆発』
を観たことが大きいのですが…
映画の内容は、
反万博的とも言える内容で
挑戦的なものであり、
万博が開催されている年に
公開する意味があると思いました。
岡本太郎…言うまでもなく
「太陽の塔」の創作者であり、
1970年の大阪万博のテーマプロデューサーを引き受けた芸術家です。
建築界のスーパースター、
丹下健三の設計による「大屋根」を
突き破って会場を見下ろす太陽の塔。
これは万博のシンボルタワーとして
発注されたものだと思われがちですが、
実際は違いました。
あれは岡本太郎が独りで勝手に構想し、
半ば強引に突き立てたものであり、
この計画を知って
万博教会の面々は驚いたという…。
万国博覧会は「産業技術の国際見本市」
として、
欧米列強が近代工業国家を目指して
しのぎを削っていた1851年に
ロンドンで生まれ、
世界から集めた最新技術を
国際レベルで共有する
産業政策であり、
同時に
工業社会の価値観、進歩観を
大衆に刷り込み、
産業社会への共感、
近代化の推進を促すものでした。
70年万博のテーマは
「人類の進歩と調和」
プロデューサーを任された岡本太郎は、
展示を通しそのテーマを
分かりやすく説明することが職務でした
しかし岡本太郎は
そのテーマ自体が気に入らず、
「人類は進歩なんかしていない」
「なにが進歩だ。縄文土器の凄さを見ろ。
ラスコーの壁画だって、ツタンカーメンだって、今の人間にあんなもの作れるか」
と、万博の価値観自体に
疑問を投げかけたのです。
彼は工業社会の正義など信じず、
だからこそ大屋根を突き破り、
未来志向とは逆行する
土偶の怪獣のような塔を突き立てたのでした。
それはアジテーションに他なりませんでした。
ここで誤解してはいけないのは、
岡本太郎は職務を放棄したわけでも、
万博に対し
嫌がらせを行ったわけでもないということ。
「この世界一の大屋根を生かしてやろう。
そう思いながら、
壮大な水平線構想の模型を見ていると、
どうしてもこいつをボカン!と打ち破りたい
衝動がむらむら湧き起こる。
優雅におさまっている大屋根の平面に、
ベラボーなものを対決させる。
屋根が30mなら、それを突き破ってのびる
70mの塔のイメージが、瞬間に心にひらめいた」
太郎は大屋根を
潰そうとしたわけでも
乗っ取ろうとしたわけでもなく、
それを生かそうとした。
未来志向の技術思想を体現した大屋根に、
土着的な像をぶつける。
それこそが彼の標榜した
「対極主義」であり、
真の「調和」を表す。
誰よりも真摯に「万博」というものに
向き合った
結果としての、太陽の塔だったのです
10月に、南青山にある
岡本太郎記念館に行ったのだけど
企画展では
「生命の樹-もうひとつの太陽の塔」
として、
太陽の塔の内臓たる、
生命の樹にスポットを当てた展示が
開催されていました。
『生命の樹』は
原生生物から哺乳類へと
上へ向かって進化していく。
しかし、アメーバが下等でヒトが最上級、
という進化の図式を
説明しているわけではなく、
まったく逆で、
どんないきものも
同じ幹に連なる存在であって、
そのすべてが自分の中に息づいている、
足元をよく見てみろ、と言うもの。
単純な
「生物進化模型」ではなく、
むしろ進化=進歩は善であり正義であると
いう近代思想の対極にあり、
万博の価値観とは真逆のものでした。
人類は進歩なんてしていない…
たとえば私は昨今、
人類のAIの利用の仕方を見て
この言葉を思い出します。
少し調べれば分かることを
AIにすぐ聞く。
大学のレポートや論文を
AIを利用して執筆する。
これは明らかに
知力の退化ではないでしょうか。
「人類は進歩なんてしていない」
この言葉を脳内に響かせながら、
果たして万博とは?
この目で確かめなくてはと
私は2025年の
万博会場に向かうことになったのです
(→続く)



