2026/01/11 23:27 up
風が強い日であった。
しかし太陽は今を真夏と勘違いしているかのごとく輝き、窓ガラスを悠々と通り抜ける力強い熱と光をつばきの部屋へと届けている。
当の彼女はというと、布団と自らの体の境界線が無くなってしまうことをやや本気で恐れはじめていた。
腰に雷が落ちてから早3日。
痛い腰を庇うためにゆっくり動いているのか、じっとしている時間が長すぎて筋肉が急速にゼロに近付きゆっくりしか動けなくなってしまっているのか、もはや彼女には判断がつかない。
また別の可能性として、引越したての部屋の布団の上では出来ることが少なすぎるからわざとゆっくり動いて日中の時間を稼いでいるのかもしれない。
とにもかくにも、繊細な作業を強いられている科学技術者のごとくゆっくりと腕を動かしてペットボトルのお茶を飲みながら、彼女はふるさとに思いを馳せていた。
2000年7月28日、インターネットという全く新しいインフラに導かれつつ21世紀を迎えた高揚のさなかにある日本は京都に、彼女は生を受けた。
まだ顔を見たこともない母親を30時間を超える陣痛で苦しめ、予定日からなんと2日の遅刻を経てのんびりと産声を上げた彼女を、母親は「図太い子やな〜」と思ったという。30時間の痛みに耐えた直後にしては鋭い女である。
『哲学の道』の名で知られる正称・琵琶湖疏水をよちよち歩き、『五山の送り火』の主役である大文字山を見上げて背伸びをし、彼女はすくすくと育つ。
「うちは石段下生まれやさかい(意:祇園のど真ん中に立派な石段を構える八坂神社の近くで生まれた)」が口癖の祖母のことが大好きだったからか、彼女もまた、京都という地を思い切り愛して生きた。
春は鴨川で桜吹雪を浴び、夏は祇園精舎の鐘の声を聞き、秋は嵐山のトロッコから紅葉を狩り、冬は雪まじりの御所の砂利を踏み締める。
それらは彼女のお気に入りだったが、決して特別なものではなかった。
禄に旅行もせずに成長したものだから、自らのふるさとが"KYOTO"と称され特別な場所として人々に眼差されていることにぼんやりと気付いたのは中学生にもなろう頃だった。
言われてみればバスは毎日大荷物を抱えた人々でごった返しているし、地図を読むために急に足を止める人にぶつからないよう前方に気を付けて歩道を歩く癖がついている。修学旅行生の集団を見かけない日は一日としてなかったといっても過言ではないだろう。
しかし京都という場所の特殊さを知ってもなお彼女にとってそこはただのふるさとである。
旅行客も観光客も、全てを生活の一部として受け入れながらのほほんと子ども時代を終えた。
進路を決めずにのほほんと高校を卒業し、人並みに木屋町(京都随一の繁華街の一端を担う飲み屋街)デビューをして人並みにはしゃいだりおイタをしたのち、縁あってとある職に恵まれる。
結局25歳の11月にお暇を頂戴するまでその職場でお世話になるわけだが、前職の話は長くなるのでまたいつか…。
京都という地で生まれ育ったことが所以かどうかは定かでないが、とにかく和食好き、特にお出汁とお豆腐に目がないつばきである。
玄関にでーんと鎮座したままのオーブンレンジに目をやり、和風味のお豆腐グラタン…と頭の中でつぶやく。
母よ、子に痛めつけられるとはかくもつらいものでありましたか…トホホ。
しかし文字通り産まれた瞬間から図太さが取り柄の彼女である。
太陽の光を思いっきり浴びるための期間だと居直り、デリバリーを駆使して贅沢な時間を堪能しつつ、京都盆地の凪いだ冷たい空気を懐かしんでいた。
〜街でウワサの馬の骨〜
完
さて次回は、つばきの趣味を大公開!
〜大阪は食い倒れ、京都は◯倒れ〜
皆様週末お疲れさまでした❣️
おやすみなさ〜い🌜️



