2026/01/02 14:57 up
昨日はありがとうございました♡
あの時間を思い返すと、会えた瞬間から感じる空気や言葉にしなくても通じ合っているような感覚を思い出します 😌
触れ合ったときの温度、視線や言葉全てを鮮明に覚えています。
ちゃんと大切にしたい時間だったなって思います。
すごく素敵なひとときでした。
こうしてほしい、こうされたいって言葉にしてくれたのが、すごく嬉しかったです。
お兄さまのことをたくさん気持ちよくさせてあげたい気持ちはいつもあるから、ちゃんと伝えてもらえたことで、私も思いきり楽しめました。
結果的に、ふたりで気持ちよくなれた時間だったなって思っています。
遠慮せずに教えてもらえたことで、私も迷わず向き合えたし、その分、気持ちもぐっと近づいた気がします。
一緒に確かめ合うみたいな時間になって、結果的に私自身もすごく楽しくて、心から満たされました。
新年早々、幸せな気持ちを下さって本当にありがとうございました♡
そして今日も、夜はお店にいます。
もし少しでも昨日の続きを思い出してくれたら、また会えたら嬉しいです。
無理のないタイミングで、ふらっとでも大丈夫なので、待ってますね 💕
そしてここからはお話をさせてください。
長いので無理せず読めるとこだけ読んで貰えたら嬉しいです。
去年は… 🧸ᩚ
思い返すと、楽しかった時間ばかりです♡
まだ一年って言えるほど私はここに居ません。
だけど、時間は経ってないのに、ここに来てからの1〜2ヶ月は、凄く鮮明に記憶に残っています。
最初はよく分からないまま、勢い、流れ
気づいたらここにいて。
ちゃんと出来てるのかも分からなかったし、向いてるのかな…なんて思う日もありました。
ちゃんと出来てるのかな、向いてるのかなって思ったのは、この場所が嫌だったからじゃなくて、お兄さまを思う気持ちが、想像よりずっと大きくなってたからなんです。
お兄さまとは軽い気持ちで向き合いたくないなって、心ではずっと思っていたんです。
何か特別な話をしたわけじゃなくても
ふとした一言とか、それ分かるよって空気とか、そういうのが心に残ってるんです。
帰ったあとまで余韻が残る日があって。
家に着いてからも、会話思い出したりして、自分でもちょっと不思議でした。
たぶん、ちゃんと人として向き合ってもらえた感覚が私はすごく嬉しかったんだと思います。
ここに来なかったら、会えてなかった、お兄さまがいて、知らなかった考え方も、気づかなかった自分もあって…
そう思うと、この選択は間違ってなかったんだなって、本当に思います。
正直に言いますね。
私の雰囲気が合わないと感じる方や、私と巡り合わせが違った方、私のことが苦手な方も、中にはきっといらっしゃると思います。
それは私が未完成だからでもあるし、誰にでも同じように届く人間じゃないからだとも思っています。
その方にとって、今の私が必要な存在ではなかった、ただそれだけのことだと思っているからです。
私もそうなんですけど、受け取り方や距離の取り方…人によって全然違いますよね。
中には、その不器用さが強く出てしまう方もいるのだと思います。
言葉がきつくなってしまったり、態度が少し荒れてしまったり。
それは、その方が優しくないとか、意地悪だとか、そういう話ではなくて
余裕がなかったり、言葉の選び方がうまく噛み合わなかったり、気持ちが少し不器用な形で出てしまうこともあるのだと思います。
痛く感じる言葉や態度に見えてしまうことがあっても、必ずしも悪意があるわけではないと思うんですよね。
そう受け取れるようになってから、私は必要以上に傷つかなくなりました。
それも、その方なりの余裕のなさや、タイミングの問題なのかもしれません。
だから私は、必要以上に深く受け止めすぎないようにしています。
合わない瞬間があることも含めて、人と関わるということだと思うからです。
人にはそれぞれ、合う距離感や、合うタイミングがありますから。
どんなに私が誠実に向き合っても、自然に重ならない相手がいるのも事実です。
それは誰かが悪いわけでも、価値が足りないわけでもなくて、ただ進む方向が少し違っていただけ。
だから私は、無理に引き止めたり、理解してもらおうとしすぎたりしません。
必要なご縁は、言葉にしなくても残りますし、
そうでないものは、静かに役目を終えるのだと思っています。
だからこそ、お兄さまが私を想ってくださることが、当たり前じゃないって分かるんです。
私を選んでくれた、向き合って、時間を使ってくださっていること。
そしていつも私にやさしくしてくれること。
その一つひとつが、全部が残っています。
そして、それは私も同じ気持ちです。
お兄さまが私を思ってくださるように、私もお兄さまのことを強く、深く想っています。
声にしなくても、ふとした瞬間に浮かぶ存在というのは、簡単には生まれないものだと思うから。
昔の神話では、 人の相性は最初から決められたものではなく、何度も巡り合い、確かめ合う中で、少しずつ結び直されていくものだと語られています。
惹かれ合う理由は、理屈じゃなくて
なぜか安心すること。
なぜか忘れられないこと。
なぜかまた会いたくなること。
それが重なる相手とは、離れようとしても、どこかでまた線が交わるのだそうです。
合う、合わないではなく、戻ってしまう感覚。
それを縁と呼んだ人がいたのも、私は少し分かる気がします。
私とお兄さまの時間も、誰にでも当てはまるものじゃないからこそ、こうして続いているのかもしれません。
人が誰かに惹かれるときって、 実は楽しいからより先に、安心できるかどうかで決まるそうです。
脳はとても正直で、危険じゃない、否定されない、急かされない、そう感じた相手の前では、無意識に呼吸が深くなるんですよ。
お兄さまと一緒にいると、
私が言葉を選ばなくてもいい瞬間がある。
沈黙を埋めなくても、変に不安にならなくていい。
それって、実はすごく特別なこと。
人は分かってもらえたと感じた時、相手をもっと知りたくなるそうです。
触れ方や、間の取り方や、些細なところまで覚えられていると、脳はそれを大切にされているなんて判断をするんです。
お兄さまは、そういう記憶の仕方をする人。
だから私は、無理に良く見せようとしなくなるし、変に強がらなくても大丈夫だと思えるんです。
依存じゃなくて、信頼。
会うたびに気持ちが高ぶるより、会うたびに落ち着いてしまう相手の方が、実はずっと深く、心に残る。
お兄さまと過ごす時間は、私にとって、静かに染み込むような特別さがあります。
きっと、読んでいるお兄さま自身も、どこかで同じ感覚を、もう知っている気がしています。



