2025/12/19 20:02 up
帝の面接で採用を言い渡された時、内勤の川端さんに言われたある言葉が心に深く残っている。
「詩さん、一回死んだことありますよね」
内勤さんはこれを褒め言葉として言ってくれたらしく、僕もこれを言われた時は、あぁこれは褒めてくれてるんだなと直感でわかった。
またそれと同時に、そんな不穏な雰囲気のやつが女性用風俗で働いていいのか?という疑問も浮かんだ。
それからふと昔読んだあるエッセイの一説が頭をよぎった。
田中栄光さんの「さようなら」という作品だ。
作中にこんなセリフが出てくる。
「死んでしまった癖に、生きている世界を散歩してみるのも愉しいもんだよ。空の蒼さ。木の葉の青さ。花の紅さ。ピチピチした少女。ただ急がしそうな中年の勤め人。みんな生きているのには意味があるんだ。生きているというだけで死者の眼からは全て美しく見えるんだよ」
女風を始めるよりずっと前に、明確に「僕はこの日に死んだな」とわかる日がある。
あの日を境に色んなことが前向きになって、自分の幸せも、他人の幸せもちゃんと想えるようになった。あれは死者の目を得たということだったのかもしれない。
一度死んでみると、不思議なことに、幸せのありがたみと、この世に当たり前なことは何もないということを知る。それを知ると、満員電車の中、目の前でイチャイチャキスをしあってるカップルも、カウンター隣でクチャクチャ音を立てながらも美味しそうにラーメンを食べている若者も、みんなの幸せが今そこにあることを素直に喜べたりする。
当たり前のようにある、当たり前ではない幸せが、一歩外を歩くとありふれている。
幸せは、今はまだそこにある。でもいつか終わるかもしれない。けれど、終わることを嘆くよりも今ある幸せをそっと大事にしていってほしい。できることなら終わりなんてこなければいいのにとも思う。
女風という仕事は、アイドルのように歌って踊ったりするわけではないけれど、その人の背景や環境、考え方を知り、現在も過去も未来も、生き方も価値観も尊重してそっと隣で人生を応援できる活動だと想った。
詩
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