2026/01/07 07:28 up
昔に比べれば
選べるものは確実に増えたと思う。
住む場所も、働き方も、生き方も。
「自分のことは自分で決められる」
そんな社会になってきたのは
たしかに事実やと思う。
でも少し引っかかる。
それって本当に
自分で決められる社会なんやろうか。
それとも自分で決めろと半強制的に
言われる社会なんやろうか。
「自己責任」という言葉は便利やと思う。
失敗した理由も、助けない理由も、
一言で片付けられる。
本来「責任」って
誰かを切り捨てるための言葉やったんかな。
親としての責任は
「ちゃんとしろ」じゃなくて
周りにいる他者を助けることのはずやし
「社会人なんやから遅刻するなよ」って言葉も
本当は
「自分の面倒は自分で見ような」
という最低限の自立を促す意味やったはず。
それがいつの間にか
「できないなら自己責任」
「弱いなら置いていく」
みたいな空気に変わってしまった。
女風ってただ優しくする仕事でも
ただ甘やかす仕事でもないと思う。
でも確実に言えるのは
自己責任を一度だけ降ろしていい時間
が存在する場所やということ。
扉を閉めた瞬間外で張りつめていた顔が
少しだけ緩む人がいる。
「ちゃんとしてなきゃ」「強くいなきゃ」
そんか思いをそっと脱いで。
触れるのは体やけど本当に触れているのは
一人で抱えてきた時間やと思ってる。
何かを決断してあげるわけでもないし
人生を変えてあげるわけでもない。
ただ、
呼吸が深くなるまで隣にいて、
体温が落ち着くまで手を重ねる。
「今日は、考えなくていいよ」
そう言葉にしなくても伝わる距離で。
不思議なもので
そういう時間を過ごしたあと
またちゃんと
自分の人生を自分で選べる
顔に戻っていく人がいる。
自立と孤立はほんまに紙一重。
だからボクは
「全部自己責任やで」って
上から言える側にはなりたくない。
人生を背負うことはできないけど
一緒にいるあいだ
隣で体温を分け合うことくらいはできる。
それが
この仕事を選んでる理由のひとつ。
Eveki



