2025/12/16 12:34 up
僕はこの言葉を次のように解釈した。
足を滑らせてもすぐに回復できるというのは、身体的な傷や失敗は、時間が経てば癒えるということだと思う。
しかし、口を滑らせた場合は決して乗り越えることはできないというのは、言葉によって生じた精神的な傷は、そう簡単には癒えないという意味だと感じた。
この考えは、人間関係にも通ずるものがあると思う。
人と接していると、自分とは価値観の違う人がほとんどであり、意見の齟齬が生まれることもある。
しかし、大人の条件とは、他人を自分の中に受け入れることだと僕は思う。
僕は人と接する際、話す前に「この言葉を伝えたら相手はどう感じるか」を一度考え、本当に適切かどうかを判断してから話す、という自分なりのルールを持っている。
そのため、相手の名前を間違えるといったことは、これまで一度もしてこなかった。
口を滑らすとは、例えば相手の名前を間違えることや、相手の価値観を否定すること、アドバイスを求められていないのに助言をすることなど、相手からの信頼を損なう行為を指すと考えている。
それをされた相手は、「この人とは合わない」と感じ、何も言わずに離れたり、距離を置いたりするかもしれない。
僕は、お金や物よりも、人生を通して信頼できる人を何人作れるかが大切だと考えている。
なぜなら、信頼というものは築くのに長い年月を要する一方で、崩れるのは一瞬という、不可逆的なものだと思うからだ。
その不可逆的なものだからこそ尊く、築く価値があるのだと思う。
そして、この仕事を通して、さまざまな従業員や上司、お客様と出会う中で、そんな人に出会うことができれば、何よりの幸せです。



