2025/12/19 19:00 up
短編『帰り道の途中で』
夕方の空は、いつもより少し赤かった。
部活の終わった校舎から出て、並んで歩く帰り道。
それは小学生の頃から、ずっと変わらない道だった。
「今日の数学さ、先生さ…」
他愛もない話をしながら、彼女は隣を歩いている。
肩が触れそうで触れない距離。
それが、最近やけに気になるようになった。
幼馴染だ。
昔は平気で肩を組んだし、名前も呼び捨てだった。
なのに今は、
目が合うだけで胸が少し苦しくなる。
彼女が急に黙った。
足取りが少し遅くなって、俺はつられて立ち止まる。
「どうした?」
そう聞いた声が、自分でも驚くほど硬かった。
彼女は何も言わずに、俺の制服の袖をつかんだ。
夕焼けの光の中で、顔が少し赤く見える。
「……あのさ」
言いかけて、やめる。
その沈黙が、やけに長く感じた。
次の瞬間だった。
ふっと距離が詰まって、
彼女の額が俺の胸に軽くぶつかる。
驚いて息を吸った、その瞬間。
柔らかい感触が、唇に触れた。
一瞬。
本当に、一瞬だった。
すぐに彼女は離れて、目を見開いて固まる。
俺も、何も言えないまま立ち尽くしていた。
心臓の音が、耳の奥でうるさい。
「……ごめん」
小さな声。
でも、謝っている顔じゃなかった。
夕焼けの中で、彼女は視線を逸らしながら、
それでも少しだけ笑った。
「なんか……言わなきゃって思って。でも、言葉出てこなくて」
俺は、やっと息を吐いた。
頭が真っ白で、うまく考えられない。
でも、ひとつだけはっきりしていた。
この道は、もう前と同じじゃない。
「……帰ろうか」
そう言うと、彼女は小さくうなずいた。
また並んで歩き出す。
さっきより、ほんの少しだけ近い距離で。
唇の感触は、もうないはずなのに。
なぜか、胸の奥にまだ残っていた。
告白は、まだ先でいい。
たぶん、次の帰り道で。



